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本展では、聖徳太子ゆかりの寺院であり「河内三太子(かわちさんたいし)」と称される、叡福寺(えいふくじ)〔大阪府南河内郡太子町〕、野中寺(やちゅうじ)〔同府羽曳野市〕、大聖勝軍寺(たいせいしょうぐんじ)〔同府八尾市〕に伝わる宝物約110件を展示します。なかでも叡福寺の「聖徳太子絵伝(えでん)」7幅は、南北朝〜室町時代に制作された色鮮やかな大画面で、太子の生涯にわたる重要な出来事を描いた名品です。本年この太子絵伝の本格的な修復が完成し、当時の鮮明な色彩が約500年ぶりに蘇りました。
本展は、「河内三太子」に伝わる貴重な宝物の数々を一堂に展観し、地元河内の地に花開いた太子信仰の精華をご覧いただきます。いにしえの人々が太子に寄せた真摯な信仰心を背景に、その豊かな芸術性を感じ取っていただくとともに、文化財を伝えるための修復活動の重要性をご理解いただければと考えます。
大阪府と奈良県との府県境近く、太子町の竹内(たけのうち)街道沿いに立つ叡福寺は、聖徳太子の御陵のある寺院として広く知られています。日本の古代史に偉大な足跡を残した聖徳太子に対する信仰は、すでに奈良時代から認められますが、鎌倉時代にも親鸞、叡尊、日蓮、一遍といった高僧が叡福寺に参詣し、以後叡福寺は四天王寺とともに、大阪における太子信仰の拠点寺院として繁栄してきました。一方、羽曳野市に伽藍(がらん)を構える野中寺は、聖徳太子の発願(ほつがん)、蘇我馬子の建立と伝えられ、また八尾市の大聖勝軍寺は、太子が蘇我氏とともに物部氏と戦った合戦場に立ち、ともに太子ゆかりの名刹(めいさつ)として知られています。後に叡福寺を含めた3ヶ寺は「河内三太子」と称され、叡福寺が「上(かみ)の太子」、野中寺が「中(なか)の太子」、大聖勝軍寺が「下(しも)の太子」として親しまれ、太子を慕う多くの参拝者を集めてきました。
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