銹絵 楼閣山水図手焙
(さびえ ろうかくさんすいずてあぶり )
尾形乾山(1663〜1743)
江戸時代
H19.1
この手焙は、上下に二本線を引いて画面を区切り、その中に水上に揺れる帆掛け船、川べりを行く供の者を連れた老人、河岸に迫り出す楼閣などが描かれ、続いてこの光景を詠んだ漢詩がのびやかな筆使いで書かれています。曲面を上手にいかして画巻仕立てにし、文人趣味あふれる作品に仕上げられています。五言律詩の末尾に「乾山深省書」の落款と「尚古」「陶隠」の印が書かれ、尾形乾山の作であることがわかります。乾山は、寛文3年(1663)京都の呉服商雁金屋の当主、尾形宗謙の三男として生まれました。若い頃から学問・参禅・詩歌・茶の湯をたしなみます。作陶は野々村仁清に学び、元禄12年(1699)京都の洛西・鳴滝に窯を築いて兄光琳らとともに新しい意匠の陶器を生みだしました。ただし、乾山は作家というよりもむしろコーディネータとして活躍した人で、乾山自身が絵付けや画賛をした作品もありますが、この作品を含め、乾山陶とは乾山ブランドの陶器というべきものです。その後、正徳2年(1712)には市中の二条丁子屋町に移り、晩年は江戸や下野佐野でも活躍しました。清新な意匠の食器類に優れたものが多く残っています。